2024.7月19日(金)放送 「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」
全くバレーボールに興味が無かったちゃーです。息子が野球からバレーボールに転身し、中学3年間バレーボールの追っかけをしたのですが未だにドリブルすらわからない(๑°ㅁ°๑)‼というか見えない。
そんな始まりから、日本代表選手の試合をテレビで見るようになり衝撃が走ったのは2年前の頃。私はマンガが大好きなのでハイキュー!は全巻読んで燃え尽き症候群になる程大好きだったので、日本代表のファンになるのに時間はかかりませんでした。
選手1人1人の個性や攻撃力・技術は目が離せないほど魅力的で、今回の金スマでは超絶知りたかった日常自己管理部分も放送されており、要チェックやで〜⁽⁽٩(๑˃̶͈̀ ᗨ ˂̶͈́)۶⁾⁾
強くなるための方法をどの選手も自分の中で沸々と模索し、努力し続けている武器磨きが素晴らしいと感じた神回だったと言えるでしょう。
高総体が終わり春高バレー、新人戦に向けて頑張っている君たちへ、絶賛壁にぶち当たっている君、ここから自分の伸び代を発見するのも良いのではないでしょうか?
ちなみに、TVを見て驚いたのは、西田選手:春高バレーにも出ていない無名選手からの日本代表だった事に驚きました。自分の目指す姿を、見て盗んで、まずはやってみて、進化するためのきっかけになれたら嬉しいです。
<出演者>中居正広 川合俊一 清水邦広 大竹しのぶ 石原良純 陣内智則 藤本美貴 石川祐希 石川真佑 西田有志 古賀紗理那 高橋藍 若林有子(TBSアナウンサー)
バレー界最強兄妹!石川祐希&石川真佑
(1)兄・祐希 9年間365日同じメニュー?
日本バレー史上最高の逸材、前回は(2024年6月7日(金)放送)あゆみを紹介したが、さらなる凄さに迫る。石川選手の最大の強みは得点力、2023年ネーションズリーグのアタック得点数第1位237点。今年のネーションズリーグでもバックアタック、ダイレクト、決勝ラウンドランキングトップ64点、ベストアウトサイドヒッター賞を受賞した。
その強さの秘密はコートを離れた時間の過ごし方にあった。
冷蔵庫は必要なもの、飲み物は水しか飲まない。基本は自炊。栄養管理を徹底している。
「同じものの方が時間もかからないし。365日同じメニューですね」
お米もグラム単位で管理。
・肉料理 ・465gの白米 ・野菜スープ を9年間同じものを続けている。

頑なにこれしか食べない!というわけではなく、一緒に食べにいくと同じものを食べるし、普段自分で食べるものに関しては同じルーティーンで食べている。
(2)兄・祐希 携帯は寝室に持ち込まない
その強さの秘密がコートを離れた時間の過ごし方にあった。イタリアにあるお宅はリビング&キッチン、寝室が2つ。今までで1番広いそう。
睡眠へのこだわりは「携帯は絶対寝室に持ち込まない。」
「寝る前に携帯いぢっちゃうし、もし連絡が来たら通知が来たら気になってしまうのと、朝起きたら携帯触る、それで10分とか時間を使うのが勿体無い。朝の時間はたくさん寝たいし、朝も食事を作ったりやることもたくさんあるので5分でも勿体無い。」
初のイタリアから10年目、今でも勉強をしているのは「イタリア人みたいに喋りたい」と思っている。
また、取材中の物の位置もキッチリ置く様子が映され「キッチリしてるんですね。」という記者の質問に対して、

バラバラだとストレスがたまっているのかな?疲れているのかな?
という感じで、ちゃんとしている時はちゃんとしている。
部屋の整頓具合が精神状態を知るバロメーター!石川祐希はとにかくストイックなのでした。
2016年にアメリカ遠征でカメラが密着しており(当時石川は20歳)この頃から現在まで続けている事がある。それは入念なストレッチ。お風呂、湯船に入った後にやる。中学校2年からずっとやっている。1時間かけてやる。欠かした事がない。柔軟な体が大きな武器になる。
スパイクの際
当時代表コーチを務めていた増村さんよると

特に肩甲骨周りの柔らかさというのは形を引くという動作でも体の硬い人は体幹から引く。石川選手の場合肩甲骨の柔らかさで引ける。スパイクに行く時の、この体制を作るのが早い。
つまり、スパイクの体制に早く入れる石川選手の場合0.24秒、比べて清水選手の場合0.40秒ある。
この差こそが大きな強みとなる。
スパイクの体制が早く整えば、
・相手のブロックの間が空いている!
・的確な攻撃の選択肢が増え得点率が上がる。
確かにブロックが追いついておらずスペースが見つけられ、途中でトスに切り替えることもできる。
しかし、そんな石川選手にも弱点が。。。
弱点:コイントス 笑

福岡ラウンド、応援ありがとうございました!会場の雰囲気最高でした!コイントス通算成績1勝4敗(フルセット含む)
コイントス勝てません。すみません笑

酷い話だ😔

コイントス専用に僕、立候補!

頼りないな。
他の選手達からいぢりが。。。
コイントスとは:試合開始前に主審・副審と両チームのキャプテンの4人がおこない、ファーストサーブの権利を決める方法です。コイントスに勝ったキャプテンが、先にサーブを打つか、開始コートを選ぶかを選択できます。

VNL 2位
たくさんの応援ありがとうございました!
ちなみにコイントスは、、、、
ファイナルラウンド3戦全敗でした🙃

多分もうみんなやる前からわかってる説🙋

もー期待してない。🤨
と、後輩も容赦無くコメント笑
先取点を取ることも雰囲気としては重要な為、大事な役割なのですがコイントスで負けても試合には勝つ日本が本当にすごいのです。
実はこういったやり取りは普段からで、なんでも言い合えるチームの雰囲気作りにコイントスの弱さが一役かっているのかもしれない。
(3)妹・真佑 兄に負けたくなくて全国制覇
若きエースアタッカー、兄(石川祐希)より5つ下。
国際大会10年ぶり優勝に大きく貢献、アタック得点ラインキング5位ネーションズリーグ2024通算195得点。大躍進の裏には兄の影響があった。
2009年小学校3年生でバレーを始める。兄に遅れること4年、「兄の遠征について行って面白そうだなと思った。」
小学6年でエースに。
「もっと自分に力があったら勝てた試合でした。」
と取材に答えていた。
超がつくほどの負けず嫌い
当時兄の勇気は17歳、高校3巻を達成
そこで真佑は子供ながらにとんでもないことを決意する。

お母さん!私長野の裾花中に行きたい!日本一を目指しているんだって!行きたい!
12歳で単身親元を離れて越境入学したのだ。「私も日本一になりたいと思ったから来ました!」
その結果!全国制覇!中学時代2度の日本一に輝いた。
その頃兄は、大学バレー3大タイトルを総ナメ
そんな兄について話を聞くと「負けられないという気持ちがあるが、自分よりもレベルも高くて技術もあるのですごいって思う」
兄は憧れでもあり、ライバルだった。高校は下北沢成徳高校へ入学。
1年生ながら唯一のレギュラーに抜擢され春高バレー優勝に貢献した。
2019年18歳で日本代表デビュー
アジア選手権優勝など輝かしい成績を残していった。しかし!
東京オリンピック25年ぶりの予選敗退。
決勝トーナメントが掛かった試合終盤、真佑に集まったトスは12本あったが決めたのはわずか4本だった。

大事な試合、勝たなきゃ行けないところで上がってきたボールを最後に決めきれなかった。このままじゃ世界で戦えない。
※2024年3/7発売 Sports Grphic Number1092号より
そこで、彼女が下した決断。兄となじく、海外へイタリアAへ
しかし、彼女はアタッカーとしては小柄な174cmだった。(古賀180cm、山田184cm)海外選手平均は180-190cmとフリな状況だった。しかし!
4試合連続チーム最多得点に輝いたのだ。
大活躍、なぜハンデがあるにも関わらず通用するのか?
それはイタリアで学んだスパイクの打ち方だった。
石川真佑はあえて、ブロックに当てている。

スパイクではブロックが高いのでブロックを使って得点ブロックアウトなどの選択肢を増やすところは積極的にトライしていた。
世界で見ても174cmのスパイカーはいない。世界を渡り合うために兄の試合を観戦したこともある。

「国を渡っても、チームで戦うためにコミュニケーションをすごくとっていると思う」学べるところはたくさんあるなと思います。
世界最強バレー夫婦 西田・古賀夫妻に迫る!
(1)西田&古賀 なれそめ 貴重2Sインタビュー
2022年結婚を発表。エース同士の結婚。
「まだまだ未熟な2人ですがこの出会いに感謝し、支え合い、高め合いながら、いい家庭を築いていきたいと思います」とコメントを発表
しかし妻の古賀選手は、パリオリンピックを最後に現役引退を表明。
2人でパリに挑む。なぜ2人は結婚することになったのか?
そこには西田の猛アタックがあったとか♡
西田選手といえば、破壊力抜群のサウスポー世界が恐る最強の点取屋
ネーションズリーグで強烈な印象を残したスロベニア戦、26得点
歴代最強、端正なルックスと愛嬌のある性格から子供人気もバツグン。バレーボール人気を支える中心的存在。
そして古賀選手も日本女子不動のエース。
今回のネーションズリーグでは15試合に出場し272得点。その得点力が評価されベストアウトサイドヒッター賞を受賞。
以前からお互いの存在は知っていたそうで、

お互いはどう呼び合ってるんですか?

サリちゃん、ゆーくん

第一印象は?

元から可愛い、綺麗に見えてたのでワンチャン行けるんじゃないか?
と思って!きっかけがあるじゃないですか?

プレーはよく飛ぶゴリラだな
決して好きなタイプではなかった

なぜ交際に発展?

私がラインを返信していないのに、すごい返してくる。
しょうもないやり取りばっかりしてたけど、
しょうもないやり取りって好きな人としかなくないですか?
最初はそれがすごく嫌だった。
ご飯もずっと誘われてたけど2人きりが嫌すぎて断ってた。
結果1回も行かなかったけど。
西田選手は古賀選手の趣味に趣味を合わせに行っていたところもあり、ほぼストーカーだったという。
あることがきっかけで関係性に変化が!

競技の話になって大盛り上がりして、1日1通だったラインが3通になって5通になって。
お互いバレーボールが大好きで、バレーボールに対する想いが素直で、、、ね♡
(2)西田 両親が叩き込んだエースの自覚
西田選手はバレーボールの平均身長190cmの中で186cmと比較的小柄。
世界で見てみても西田選手のポジションに西田選手より低い人はいない。
しかも!石川選手や髙橋藍選手のように華々しいエリート街道を来たわけではない。
いかにして西田選手は誕生したのだろうか!?
2000年に三重県で誕生。両親は実業団でプレー経験のあるバスケットボール選手で体育会系の家系で育った。
西田選手の実家には西田選手と古賀選手2人ののぼりが飾られ、写真やメダル、盾が沢山飾れられている。極力現地で応援する応援する両親。パリオリンピックも16泊して英語もわからないのに応援に行くという。

どんなお子さんだった?

やんちゃ坊主という表現が一番ピッタリ
小学校は上半身裸で走ってるような子
三人兄弟の末っ子で上の子2人にも負けたくなくて喧嘩をふっかけに行っては負けており、よく泣いていたという。そんな西田有志に母は「ゆうじ!いいか!泣くな!強くなれ!」と声をかけていたという。
逞しく母に育てられていた西田。
姉と兄の影響で5歳からバレーを始めた西田はすぐにのめり込み小学生では地元のクラブチームに所属。
相手が強ければ強いほど「俺が全部打つ!」とトスを要求していた様子。この頃からスパイクは強かった。人に当てるのが得意でコーチのメガネを3〜4本折られており、スナイパーと呼ばれていたそう。
そんな西田が道を踏み外しそうになった時があった。
中学校に進学すると思春期ということもあり、やんちゃな子達と先生に逆らうとか、自分自身のやりたいようにやっているところに惹かれるものがあったよう。パワーが有り余っており両親の課題だった。
そんなある日、「母さん、俺タバコ吸いたい。」と帰るなり母へ告げたという。
変なところが正直でね。笑
ほんならお母さんと一緒に吸おうか?と換気扇の下で母がが先に吸って見せた。

「ゆうじ、吸ってもいいけど身長伸びなくなるよ。
あと、吸ったらバレー部クビだからね!
バレーできなくなってもいいなら吸いな!」
「もぉええわ!」と言って西田は吸わなかった。
バレーの方が気持ちが上で大事なんですよね。と母は語る。
両親のおかげで横道にそれることなくバレーに打ち込むことができた。しかし西田の中学は西田以外全員初心者。顧問の先生も経験が無く、西田が実質監督となっていた。
(3)西田 石川祐希との衝撃の出会い
石川祐希が星城高等学校で6連覇しているビデオをずっとみていた。その憧れはかなり強く、石川くんのプレースタイルになりたいとずーーーっと見ていたそう。
様々な高校から声がかかったにも関わらず、高校は海星高校にあえて行った。
理由は負けん気の強さから強いチームの1人としてではなく、強い相手を倒して全国へ行きたい!
すると高校2年の時にチャンスが訪れた!三重県代表の決勝まで進むが西田に異変が起きたのだ!
両足が攣り立っていることができなくなってしまった。あと1歩のところで勝利を逃し、落ち込み泣いている息子に母は「有志!お前のせいで負けたんやぞ!体力不足なんてエースの自覚がないんとちゃう!もっと努力せんと行けんとちゃう!?」と叱ったのでした。

私たちはバスケットボールをやっていたので、体力がないと足が攣ったり体に支障が出るって知っていたので、口酸っぱく言ってたのですが「大丈夫大丈って言って本当に何もしなかった」お互いが打ち合って、決めあって、負けるというのはあるけど、体力不足で負けるというのは一番ダメなこと。
「エースの自覚を持ってやりなさい!」母の言葉に奮起しよくとしインターハイに出場し、全国デビューを果たすがメジャーな春高バレーへの出場は叶わず、スター選手として注目を集めることはなかった。
しかし、実業団チームの目に留まり高校3年の17歳にてジェイテクトに所属してVリーグで戦うことになったのだ。
全く選抜にも名前が上がってこなかったし、ジェイテクトに所属してから活躍が見え出して「なんか凄い選手がいるぞ!」となっていたんですよ。
高校を卒業すると西田はどんどん飛躍し、18歳で日本代表入り
2019年W杯バレーでベストサーバー賞、ベストオポジットにも選出され、世界的にも注目を集める選手となった。パワフルなスパイクと強力サーブで世界が恐る大砲として活躍してきた。

「ちゃんと頑張るんやったらどこまででも応援するから!」
と小学校の時に言いました。
(4)西田 最高到達点350cm ジャンプ力の秘密
なぜ西田選手はあんなに威力のあるスパイクが打てるのか?
高いジャンプ力と並外れたパワー、ジャンプ力は110cm最高到達点は350cm。バスケットボールなら、ダンクもできる。
それは西田選手のジャンプする時の腕の動きにある。
バックスイング&サーキュラーアームスイング
ジャンプする前の助走の瞬間に両腕を後ろに肩の柔らかさを活かし両腕が頭の上まで上がっている。これがバックスイングと呼ばれる動作。
左手にご注目、円を描くように打ち込んでおり、サーキュラーアームスイングというだが
難点として:狙いを定めにくい上に難しいがパワーが抜群なのだ。
その分強烈なスパイクが打てるのだ。肩ぶん回している状態。
今までは1人で向かう日本代表だったがお互いが一緒に迎える
環境も考えも変わるし選手である前に人間であり困った時に助けられる関係性でありたい。
by 西田
プレーする上で、1人じゃないと感じる。ありがたいし、話を聞いてくれるのもありがたい。
お互いプレーでも頑張っていますし高め合えていると思う。
切磋琢磨しながら頑張っていきたいと思います。
by 古賀
現在西田選手と清水選手は同じチームに所属しており、ちょうど西田選手が日本代表に合流する頃に清水選手は全治1年の大怪我から復帰する頃だったそう。
その時に初対面で「清水さぁーーーん!足大丈夫っすか!?うちの母親も同じ怪我やったことあるんで全然大丈夫っすよー!頑張りましょー!」と
清水選手は自分が後輩だったら、先輩にこんな事が言えただろうか?と尊敬する部分がある様子でコメントをしていました。
日本が誇るバレープリンス!髙橋藍
最高到達点346cm、リベロがもう1人と言われるレシーブ力、日本を牽引するスター選手なのだが、始めた当初はバレーが好きではなかった、、、どうやってここまで上り詰めてきたのか
(1)小6での誓いを実現
2001年京都市に3人兄弟の次男として誕生し、兄がやっていたから2年生から始めた。
ボールを一球打つ毎に「これいつまでやるん?」と全くやる気がなかった。
しかし、そんな様子とは裏腹にその才能を感じさせる小学校の大会でのプレーが残っていた。
好きではないながら次々とレシーブを拾いまくる。レギュラー抜擢されていた。
当時兄の髙橋塁も同じチームで活躍していた。
あることがきっかけでバレーに打ち込むことになる
2013年6年生の頃東京でオリンピック開催決定のニュースだった。

「7年後に東京で開催されることが決まったので、バレーボールの最終的な目標、夢はオリンピックに出ること」になった。
小学校の卒業文集にも「どうしてもオリンピックに出たい」「絶対自分はバレーボールでオリンピック選手になります」と必ず言って、そのために頑張らなくては行けない自分にもプレッシャーをかけていた。
強い決意によって飛躍的な成長を遂げた
中学では1年生からレギュラーを獲得、身長ものび、エースへと急成長し全国大会へ導いた。
京都の東山高校に進学し、またも1年生でレギュラーを勝ち取り、自主参加の朝練は毎日参加し、3年生の春高バレーは初優勝し1セットも取られることがなく快挙を成し遂げた。
2020年1月5日 1回戦 | 試合終了 | Bコート(試合No1) | ||
東山 (京都) | 2 | 25 - 14 25 - 11 | 0 | 前橋商 (群馬) |
2020年1月6日 2回戦 | 試合終了 | Bコート(試合No21) | ||
東山 (京都) | 2 | 25 - 17 25 - 19 | 0 | 山形南 (山形) |
2020年1月7日 3回戦 | 試合終了 | (試合No39) | ||
東亜学園 (東京) | 0 | 12 - 25 14 - 25 | 2 | 東山 (京都) |
2020年1月7日 準々決勝 | 試合終了 | (試合No46) | ||
東山 (京都) | 2 | 25 - 18 25 - 22 | 0 | 東福岡 (福岡) |
2020年1月11日 準決勝 | 試合終了 | (試合No49) | ||
松本国際 (長野) | 0 | 19 - 25 26 - 28 14 - 25 | 3 | 東山 (京都) |
2020年1月12日 決勝 | 試合終了 | (試合No51) | ||
東山 (京都) | 3 | 25 - 13 25 - 20 25 - 15 | 0 | 駿台学園 (東京) |
取材も増え、誌面にはオリンピック選手とすると高校在学中に日本代表に選出され、石川選手も高橋藍選手のことを力のある実力が伴っている選手だと思うと称賛していた。
(2)石川のあとを辿ってイタリアへ
2021年のネーションズリーグでも石川に次ぐ得点数。主力選手として成長し東京オリンピックの初戦にスタメン出場を果たし、19歳でイタリアに挑戦。

自分が求めているのはもっと上で、石川が作ってくれた道を辿って自分自身がもっと成長を目指している。
石川選手が若い時から海外にチャレンジしていて、学生でもいけるんだ!ということがわかり、いろんな選手が今行っている。
しかし!厳しい現実が!
高橋にはフィジカルの強さと経験が足りない。

スパイカーで出るとなるとチーム、セッターからの信頼であったり言語の部分であったり
信頼関係がまだ築けていないという部分が強かった。
スパイカーでの特典はわずかに3得点。リベロで出場しながら1年が終了したのでした。
イタリア語を猛勉強をした!
チャンスをまち、努力を続けた。
イタリア2年目、信頼を勝ち取り、スパイカーとして全試合に出場、
監督の評価は

昨シーズンと比較してとても成長したし、チームにとって非常に重要な選手になったよ!
わずか1年でエースに急成長したのだった。
(3)イタリアで実現!髙橋藍VS石川祐希
セリエAでは主力選手として日本人選手同士が戦うというのはちょっと前までは考えられなかった。

石川選手と対決できるという嬉しさを胸に今日の試合に臨んでいました。

こうゆうふうに日本人同士で対決できることが非常に嬉しく思いますし、パドヴァに関しては髙橋選手中心のチームなのでこれからお互いともに成長していければと思います。
そしてイタリア3年目モンツァに移籍、攻守両面で大活躍し、世界最高峰リグでエースとして準優勝に導いた。

「海外でやってきたという自信は持っておきたいなと思っていて、やっぱり日本の選手からもみられ方が変わると思いますし、自分自身また強くなって日本代表のチームに貢献できるように伝えていくことも大事だなって思っています」
そんな彼は今は
バレーボールは今好きです!成長を続ける日本のエース!
彼はなぜ1年であんなに伸びたのか?
彼はもともとレシーブはうまかったが、スパイクは正直そんなにすごくなかった。イタリアに行っていろんな選手の打ち方を見て盗んで自分のものにしています。セリアAにはいろんな素晴らしい選手がたくさんいるので、その中で「この選手のこの技は使えるな」というのを盗んで、引き出しの多さになっている。
それだけ彼の素晴らしい努力もある。
どの選手も「バレーが(今は)大好き」で壁を越えるための努力を惜しまず常に進化している。才能があって、最初から最強だったわけではない。
継続的な努力が結果となっているのが今の選手達なのではないでしょうか。
彼らの「バレーボールが大好き!勝ちたい」気持ちがテレビを見ていても伝わってくる。
明日あなたはどんな進化をしていたい?1ヶ月後、半年後、1年後どんな武器を手に入れようか?
楽しめ!息子よ!応援してるよ🎵
パリオリンピック!頑張れ!藤井選手の想いも一緒に繋いで!ガンバ!
心の底から応援しています!